今日もまた、画面の向こう側で誰かが落としたボールを拾うために、静まり返った夜の底でキーボードを叩いている人がいるかもしれません。
「このままだと、あとで必ず破綻する」
「いま自分が拾わなければ、誰かが大きな傷を負う」
その予感を誰よりも早く正確に察知してしまうからこそ、あなたは他人に任せることができず、すべての工程を先回りして自分の肩に背負い込んでしまう。そうやって他人の分の責任まで抱え込み、自分の睡眠や健やかな時間を削り、すり減っていく。
それは単なる仕事への熱意というより、あなたの理知が導き出した「防衛本能」なのだと思います。
前回の投稿で書いた「鎖」は、性格ではなく防衛でした。今回は、その防衛を責めるのではなく、「安心して眠るための仕組み」に変える話をしたいと思います。
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「でも、私がやらないと終わらない」という悲鳴
きっとあなたは、こう反論したくなるのではないでしょうか。
「人に任せたほうがいいなんて、分かっている。でも、私が手を動かさなければ本当に終わらないし、無責任にボールを落として大惨事になるのを、黙って見ていることなんてできない」と。
ええ、本当にその通りだと思います。
あなたの内側にある厳格で誠実な部分は、自分の目の前で秩序が崩壊していくのをただ傍観することなど絶対に許容できないはずです。だからこそ、理不尽だと分かっていても自分が削られる道を選んでしまう。
しかし、その「自分がすべてを巻き取る」という防衛策には、越えられない限界があります。
人に任せられない私のブレーカーが落ちた日
かつての私も、今のあなたと同じように、すべてを抱え込んで暗闇に沈んでいった一人でした。
半年間、一日も休まずに他人の分の責任まで背負い続け、フル稼働していたあるとき。ようやく逃げるように辿り着いた温泉旅館の部屋でも、会社からのSOS電話は鳴り止みませんでした。
受話器の向こう側の声を聴きながら、私の脳内のブレーカーは音を立てて落ちました。
「もう、何もしたくない」
完全にシステムが焼き切れた、うつ病という名の強制終了。
どんなに優秀でも、どんなに強い責任感を持っていても、一人の人間のリソースには物理的な限界があります。自分を「誰からも助けられない設計(システム)」のど真ん中に配置し続けることは、構造的に不可能なのです。
このときに感じた強烈な孤立感や「誰も助けてくれない」という静かな怒り。それはあなたの性格の問題ではなく、あなたが有能すぎるがゆえに陥ってしまった設計上のバグなのです。
信じられないことは有益な才能
だからこそ、私はあなたに「もっと人を信じなさい」なんて無責任なことは言いません。その「人を信じられない」「期待できない」という冷徹なまでの視点は、むしろ自分を守るために使う「才能」として扱えます。
他者が気づかないリスクの匂いを嗅ぎ取り、想定外の破綻を先回りして塞ぐことができる。それは優れた「リスク察知の才能」です。これは「誰も信じなくていい」という免罪符ではなく、あなたが致命傷を負わないための「設計の素材」です。
楽観は悪ではありません。ただ、運用設計がないと不安定になります。一方で、人を信じられないあなたには、どこに地雷が埋まっているかが見えているはずです。
その鋭利なアンテナを、他人の穴埋めをするためではなく、「自分が安心できる仕組み」を設計するために使いませんか。
感情ではなくプロセスを設計する
仕事において、相手の「心」や「誠実さ」を信じる必要など、どこにもありません。
「人は必ずミスをする」「言葉通りには動かない」という前提に立って、誰がどこでつまずいても「あなた自身が致命傷を負わない仕組み」を作るのです。
この先に挙げるのは、どれも「相手を変える」ためではなく、「あなたが安心して眠る」ための設計です。
人を信じなくていいための3つの関所
- バッファ:相手の「やります」を鵜呑みにせず、最初から「遅れる前提」で、自分を追い詰めないための余白をスケジュールに組み込んでおく。
- 中間チェック:相手を信じて放置するのではなく、手遅れになる前に確認できるポイントをあらかじめ合意しておく。
- 避難経路:万が一、自分が倒れたり相手が動けなくなったりしても現場が回るように、「手順書」や「マニュアル」を言語化して残しておく。
これらは、人を信じられないからこそ構築できる「最も強固で優しいシステム」です。
自分のために理知を使う
あなたが目指すべきは、立派なチームを作ることでも、誰かを教育することでもありません。
「あなた自身が夜中に不安を抱くことなく、他人のために徹夜することなく、安心して眠れる状態」を作ることです。
手を動かしてボールを拾い続けることだけが、責任の果たし方ではありません。
その優れた知性を使って、自分と仕事を安全な場所に置くための設計図を書くこと。それこそが、今のあなたにしかできない「最も高度な才能の使い道」です。
人を信じなくてもいい。期待しなくてもいい。
ただ、その冷徹で美しい才能を、どうかあなた自身を守り、そして慈しむために使ってあげてください。
同じ暗闇にいた隣人として
もしあなたが今、夜の静寂の中で誰かが落としたボールを拾うことに疲れているのだとしたら。ここに、ひとつだけ言葉を置いておきます。
「明日からすぐに仕組みを作ろう」なんて、無理に奮い立つ必要はありません。長年かけて命懸けで身につけた防衛本能を、今日明日で急に手放せるはずがないからです。
ただ、「人を信じられない自分はダメな人間だ」「優秀なマネジャーやディレクターにはなれない」と自分を責めることだけは、今日からやめにしませんか。
あなたのその鋭く冷たい警戒心は、あなたが理不尽な世界を生き延びるために必死に研ぎ澄ませてきた立派な知性であり、才能です。
今はまだ、恐怖からすべてを抱え込んでしまうかもしれない。
それでも、いつかあなたが、あなた自身の心と睡眠を守るための「安心できる仕組み」を作れる日が来る。その可能性を、静かに信じています。同じ暗闇の底にいた隣人として。
どうか今夜は、自分を責めることなく、少しでも長く安心して眠れますように。











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